羅生門 他 / Ворота Расемон и другие рассказы. Книга для чтения на японском языке. Рюноскэ Акутагава
しかしそれでは好んで欺罔《ぎもう》に生きているようなものじゃないか。
B それはそうかもしれない。
A それなら何も今のような生活をしなくたってすむぜ。君だって欺罔を破るためにこう云う生活をしているのだろう。
B とにかく今の僕にはまるで思索する気がなくなってしまったのだからね、君が何と云ってもこうしているより外に仕方がないよ。
A (気の毒そうに)それならそれでいいさ。
B くだらない議論をしている中に夜がふけたようだ。そろそろ出かけようか。
A うん。
B じゃあその着ると姿の見えなくなるマントルを取ってくれ給え。(Aとって渡す。Bマントルを着ると姿が消えてしまう。声ばかりがのこる。)さあ、行こう。
A (マントルを着る。同じく消える。声ばかり。)
夜霧が下りているぜ。
×
声ばかりきこえる。暗黒。
Aの声 暗いな。
Bの声 もう少しで君のマントルの裾をふむ所だった。
Aの声 ふきあげの音がしているぜ。
Bの声 うん。もう露台の下へ来たのだよ。
×
女が大勢裸ですわったり、立ったり、ねころんだりしている。薄明り。
–―まだ今夜は来ないのね。
–―もう月もかくれてしまったわ。
–―早く来ればいいのにさ。
–―もう声がきこえてもいい時分だわね。
–―声ばかりなのがもの足りなかった。
–―ええ、それでも肌ざわりはするわ。
–―はじめは怖《こわ》かったわね。
–―私《あたし》なんか一晩中ふるえていたわ。
–―私もよ。
–―そうすると「おふるえでない」って云うのでしょう。
–―ええ、ええ。
–―なお怖かったわ。
–―あの方《かた》のお産はすんで?
–―とうにすんだわ。
–―うれしがっていらっしゃるでしょうね。
–―可哀いいお子さんよ。
–―私も母親になりたいわ。
–―おおいやだ、私はちっともそんな気はしないわ。
–―そう?
–―ええ、いやじゃありませんか。私はただ男に可哀がられるのが好き。
–―まあ。
Aの声 今夜はまだ灯《ひ》がついてるね。お前たちの肌が、青い紗《しゃ》の中でうごいているのはきれいだよ。
–―あらもういらしったの。
–―こっちへいらっしゃいよ。
–―今夜はこっちへいらっしゃいましな。
Aの声 お前は金の腕環《うでわ》なんぞはめているね。
–―ええ、何故?
Bの声 何でもないのさ。お前の髪は、素馨《そけい》のにおいがするじゃないか。
–―ええ。
Aの声 お前はまだふるえているね。
–―うれしいのだわ。
–―こっちへいらっしゃいな。
–―まだ、そこにいらっしゃるの。
Bの声 お前の手は柔らかいね。
–―いつでも可哀がって頂戴な。
–―今夜は外《よそ》へいらしっちゃあいやよ。
–―きっとよ。よくって。
–―ああ、ああ。
女の声がだんだん微《かすか》な呻吟になってしまいに聞えなくなる。
沈黙。急に大勢の兵卒が槍を持ってどこからか出て来る。兵卒の声。
–―ここに足あとがあるぞ。
–―ここにもある。
–―そら、そこへ逃げた。
–―逃がすな。逃がすな。
騒擾。女はみな悲鳴をあげてにげる。兵卒は足跡をたずねて、そこここを追いまわる。灯が消えて舞台が暗くなる。